ご来場ありがとうございました!(第65回西荻ブックマーク「知られざる貸本小説の世界」)

第65回ブックマークは、末永昭二さんと岡崎武志さんによる「奇想・アクション・ナンセンス 知られざる貸本小説の世界」。昭和30年代に隆盛を誇った貸本屋と、主にそこで流通していた「貸本小説」の魅力をガイドしていただきました。

水木しげるやさいとうたかをを生んだ貸本マンガにくらべ、実態がほとんど知られていない貸本小説。このジャンルの研究で第一人者として知られるのが末永さんです。

1964年生まれの末永さんは、貸本屋全盛期を実際には体験していません。にもかかわらず、なぜこの世界に入りこむことになったのか。トークの前半は、末永さんの故郷・福岡での幼少年期の体験と記憶を、岡崎さんが聞き出す展開に。

少年時代、近所に本屋がなかったことや、そんな場所にもかつて貸本屋が存在していたこと。さらに末永さんの血族にまつわる意外なエピソードなどが次々と披露されました。とりわけ印象的だったのは、火野葦平の小説「花と龍」のモデルになった人物と末永家の深い関わりです。この話だけでブックマーク一回分になるのでは、という面白さでした。

貸本小説との出会いは、大学進学のために引っ越した京都で。はじめて古本を買ったのは、古書好きには知られるお店・アスタルテ書房でした。そこで知ったのが、三橋一夫ら「新青年」系列の作家たち。京都での学生時代に貸本小説研究家・末永昭二の土台が培われたことが明かされます。

ユニークなのは、当時の読書体験。ロマンポルノを上映する映画館で映写技師のアルバイトをしていた末永さんは、上映中の空き時間を利用して、映写室でさんざん本を読んだのだとか。なるほど、学校や図書館といった空間ではなく、街で暮らす人々の生活に根付き、愛された貸本屋の痕跡を追いかける人らしい(?)読書スタイルです。

ここでいったん休憩をはさんで、後半はいよいよ専門の貸本小説の話題へ。貸本出版社の元経営者から末永さんが聞いた、当時のアナーキーな貸本業界のようすなどが語られていきます。

本になるまでに校正(誤字脱字の訂正・改稿などを行う作業)は一回だけ、つまり初校しか出さなかったこと。しばしば作家ではなく編集者自身が、ペンネームで小説を書いていたこと。版元が違っても装丁のフォーマットはなぜかみな同じであったこと等々。装丁については、「客が店頭でタイトルのみに集中して本を選びやすくするため」そして「別の社名を名乗りながら同系列の会社の本が多かったため」と末永さんは言います。ともあれ、今の出版界ではありえない猥雑でエネルギッシュなありさまに、お客さんも引き込まれて聞き入っています。

「腕まくり女高生」「壇ノ浦0番地」「痛快たつまき娘」「拳銃先生」といったチープなタイトル。荒削りで時にご都合主義、けれど奇想に満ちた物語。

文学研究に携わるような人々の視野に、これらの小説はまったく入らなかった。読者もまた、自分が「貸本小説」という特殊なジャンルの読者であるとは意識しなかった。元々の出版部数が多くなかった上に、こうした事情も重なり、貸本屋が衰退するとあっという間に貸本小説は世間から忘れられてしまったのだそうです(そのうちの一部に限っては、のちに春陽文庫でタイトルを変えて再刊された)。

自宅に内風呂も冷蔵庫もテレビもなかった時代、人々は頻繁に街へと出かけました。街へ出た「ついでに」本を借りた多数の人々の存在が、貸本文化を支えていた。しかし、昭和30年代後半に日本が高度成長期を迎え、各家庭にテレビが普及すると、貸本屋は急速に姿を消していきました。

当時を知る世代があっさり忘れ去ったこのジャンルを、後追いで「発見」した末永さんは、著書「貸本小説」(アスペクト)でこう語っています。

「アングラ出版物を除いて、これほど全貌が知られていない大衆娯楽出版物のジャンルは、たぶんもうないだろう。(略)こういう読物があって、それを楽しんでいた読者がいたということを知ってほしい。そして、現在の大衆文化、特にテレビドラマや映画などには、昭和三〇年代の大衆読み物で培われたさまざまな「技術」が今も息づいていることを感じていただきたい」

無償の情熱で、全国の古本屋をたずね、本を掘り出し、当時の関係者と会い、それまで手つかずだった貸本小説の世界を再発見していった末永さんの話は、本当に好きなことをやってきた人特有の、聞く者を惹きつける力に溢れていました。残念ながら、古本屋や国会図書館以外ではまず目にする機会のない貸本小説。参加してくだったお客さんも、実物を見たことのない方が多かったと思いますが、それでもこのジャンルの持つ不思議な魅力は伝わったのではないでしょうか。

著書刊行後十年たった今も、変わらず探究を続けているという末永さん。いつか、末永昭二編「貸本小説アンソロジー」を読んでみたい。そう思わせる、熱のこもった二時間でした。末永さんの貸本探究の成果がふたたびまとまる日を、楽しみに待ちたいと思います。

たくさんの資料を持参してくださった末永さん、そして全体の流れを作りつつ、末永さんから巧みに話を引き出してくださった岡崎さん。お二方とも、どうもありがとうございました。

(宮里)


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