ご来場ありがとうございました!(第49回西荻ブックマーク「吉祥寺で出版社を営むということ」)

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西荻窪駅北口から徒歩1分の場所に、都内最古のビリヤード場「山崎ビリヤード場」があります。
2月27日、その2階をお借りして、出版社を営む3人の方々にお越し頂きました。
アルテスパブリッシングの鈴木茂さん、図書出版クレインの文弘樹さん、そして夏葉社の島田潤一郎さん。3社の共通点は、タイトルにもある通り、吉祥寺に事務所を置いていることです。
床がギシッときしむ、懐かしい昭和の雰囲気が漂う部屋に60人以上の方が集まりました。
ちょうど前日の朝日新聞の文化面(全国版)に、島田さんと文さんがご本人の写真とともに取り上げられた、という嬉しい話もあり、記事のコピーを皆で見ながら、この話題から始まりました。
島田 昨日は興奮した母に8時位に起こされて……過大評価以外の何物でもないです。注文は新たな所からは来てないです。この土日は落ちつきませんでした……。
 二、三の書店からメール注文がありました。あと、知人から数年ぶりに連絡がありました(笑)
鈴木 全国紙には2回広告を載せたことがありますけど、動きはほとんどゼロでした。でも記事に載ったら期待できますよね。
――スタートしてすぐに笑いが起こり、緊張がほどけます。続いて、吉祥寺という場所については一番古いという文さんからこんな話が。
 四谷から5年前に移転してきました。別に吉祥寺でなくてもよかったんですが、交通の便が悪いと、著者や友人も来ないだろうなと思い、結果として吉祥寺になりました。ところが思っていたより吉祥寺は家賃が高かったんです。坪1万円以上。四谷ではマンションの一室でしたが広かったものですから倉庫も兼ねていたんです。今は別の場所に倉庫を借り直している。まあ、経費削減にはなってないんです。
鈴木 もともと音楽之友社という出版社にいたのですが、同じく編集をやっていた木村という元同僚と二人で立ち上げました。登記上の本社は木村が住む稲城市にしてあります。最初は月曜社さんのように、それぞれの自宅をオフィスにしていたのですが、スタッフを一人雇い、またお客さんも呼びづらいということもあって、ネットでたまたま見つけたのが、いまの事務所兼ぼくの自宅です。住宅街の中のふつうの一軒家なんです。
島田 僕は駅から近いところに分譲マンションの1室を借りています。しょっちゅう、ブックス・ルーエ、リブロ、ブックファーストに行っています。神保町で毎日棚を眺めているのと、吉祥寺で毎日棚を眺めているのでは、つくるものが変わってくると思う。
鈴木 神保町はうちのスタッフが通勤するにはちょっと遠いんですよ。定期代もバカになりませんしね。それと新しい出版社なので、従来と違うイメージを持ってもらえればとも思ったんです。

――夏葉社の立ち上げにはこんなエピソードも。
島田  2009年9月に会社を立ち上げた時、どんな本を出すか内容を決めていなかった。毎日街を歩いて本を見ていました。
鈴木 島田さんと最初は高円寺の「円盤」で会ったんですよね。店主の田口君とは古い付き合いで。あれは島田さんが独立する前でしたか。
島田 そうそう。「円盤」で初めてお会いして、そのあと、「百年」というお店のイベントの打ち上げで改めてお話をしました。ツイッターを勧められ、JRC(取次)を紹介してもらいました。
――そして、それぞれの経緯や立ち上げに関する話が続きます。
 1997年にある出版社から独立をしました。まず、取次と関係を結ぼうと思い、新宿の五軒町にある大手取次に話をしに行った。発行計画書だけでは判断はしない、事務所にも足を運ばせてもらうということで、四谷の事務所に来てもらったんです(奥さんに、急ごしらえの事務員になってもらったそう)。仕入れのマネージャーが来ましたね。そうしたら、3000万円程度用意できないか?と言われた。つまり、それぐらいの資金の裏付けがあってこそ10年は事業が継続できる、早々につぶれられると取引を開始した自社が損害を被る。それをなんとしても避けたいからということなんです。僕は、財力はないけど気持ちだけはある、新規取引を望んでいる出版社一社につき、各300万円を出してもらってファンドを作って、万が一の場合のリスクヘッジにしたらどうか。そうじゃないと新規出版社は立ち上げられないんじゃないですか、などとその人に話しました。3000万円なんてあるわけないから、立ち上げてしばらくは他の出版社に発売元になってもらっていました。その当時に比べたら、今は新規でやるには良い時代だと思う。必ずしも取次頼みである必要がないですものね。ブログ、ツイッターで火がついて、その評判に書店も動かざるをえなくなって、結局、取次も……という流れだって十分ありえるもの。最初のWEBサイトは1999年に作りました。ほんとの手作り(笑)
島田 夏葉社のサイトはHPビルダーで作りました。
鈴木 ぼくらは最初HTMLで作ってたんですが、1年ほど前にぜんぶ「Movable Type」に作りかえたので、更新がすごく楽になりました。
――ここで、文さんが会場の参加者に、編集やデザイナー、古書店そしてこれから出版社を立ち上げたい方はいますかと聞きました。そして、実際に書籍を出して会社をどう経営しているかについてそれぞれが話しました。
島田 僕は編集経験はないんですがなんとかやれています。実は2冊位本を作って畳もうかとも思っていました。マラマッドと詩集。詩集というのはイギリスで100年位前につくられたものですが、とにかく3000部位をつくって、富山の薬売りみたいに訪問して売りたいと思っていた。お金を儲けたいではなくて、この本を出したいという思いで。
 『レンブラントの帽子』は3000部初版で今年1月に増刷、『昔日の客』は2500部初版で増刷が2回。それぞれの原価率を聞いて、僕と鈴木さんはかなり驚いたんですよ。そんなに高いのって。
島田 生活は成り立ってます。立ち上げ時に出す本を決めてなくて、最初の2か月はただただ吉祥寺の町を歩いていましたね。
 あと、会場にいる人はこのあたりを聞きたいと思ってるんだろうけど、月々いくら給料として取ってるの? 30万? 25万とか? 失礼な質問だったかな。
島田 入らないですよ(笑) 『レンブラント~』の売上の入金がようやく入って来た感じです。在庫があるから売りに行こうと思うし、いいものを作れば絶対売れると思う。
 現在好調な夏葉社と合併したいぐらいだなー。
島田 (二人に向かって)営業は行った方がいいですよ。
 『佐藤泰志作品集』は、初版が2000部でした。
鈴木 アルテスの本だと、ピーター・バラカンさんの『魂のゆくえ』が初版4000部でしたけど、スタートは2000~3000部の本が多いです。最初にドカッと刷って配本、っていうやり方はしてません。そりゃあ万単位でドカドカ売れる本を出せたら嬉しいですけど、半年から1年に1回ぐらいのペースで1000部ずつ重版できて、長く売れ続けてくれるのが理想ですね。
 一時期までDTPなどの仕事で副業をしていました。その稼ぎで出版経費をつくっていた時期があります。今はほとんど副業がないんですが(笑) 〈出版活動+副業〉で続けていって悪いわけでは全然ない。副業が万が一あれば、どんどんやりましょう(笑)
――書店などへの営業活動について、こんなやりとりが続きます。
鈴木 アルテスを作って初めて書店を回った時、すごく気持ちよかったんですよ。自分で作った本を自分で売るって基本だなと実感しました。忙しそうにしている店員さんに声をかけるのは、いまだにちょっと緊張しますけど(笑)
 最近、一人出版社というテーマの取材要請がちょくちょく来ます。“原点回帰”だなと思う。やれ電子出版だ云々ということの反動でしょう。ところでクレインは当初は二人で始めたんです。でもうまくいかなくて。
鈴木 僕らはケンカを全然しないですよ。
 前の会社を円満退社かどうか? 円満退社だと、会社時代につきあっていた著者とか人脈とかがある。独立する時の辞め方って大事だと思います。私は円満じゃなかったものですから。
島田 最近思うんですけど、もし二人だったら、僕は相手を説得する自信がないです。
鈴木 僕らはそれぞれが出すって決めたら出します。意見は遠慮なく言いますけど、出すな、とは言いません。
 僕ら二人(クレインと夏葉社)は、復刊なんだよね。これは盲点だったと思った。
鈴木 うちも復刊本たくさんやってます。ピーターさんの本は、文庫オリジナルを単行本化しました。
島田 起業にあたってはミシマ社、アルテス、ナナロク社、羽鳥書店、あと、トランスビューなどよい売れ方をしている小出版社が参考になっています。
鈴木 僕らもトランスビューの工藤さんを訪ねましたし、月曜社の神林さん、ミシマ社の三島さんからも話を聞かせてもらいました。
――それからジュンク堂、紀伊國屋書店などのナショナルチェーンの話へ。そしてオンライン書店という販路も。それぞれの売れ方・売り方の違いが出ました。
 前の会社は製・販一体の会社だったんです。編集担当もエリアを決めて営業に行きました。横浜方面や中央線沿線の担当になることが多かったです。でも、“御用聞き”営業になっちゃう。営業活動は小さな出版社にとっては第一の関門。そもそも人を割けないもの。といっても島田さんのように足で歩きまわる人もいるものなあ。ただ大勢としては、小出版社にかぎっていうとブログやネットで営業する時代になってきたなと思う。
島田 僕のやっている営業は、その“御用聞き”です。書店の店頭に800~1000部位並べばいい。置いてくれている書店にお礼に行っています。
鈴木 オンライン書店ではひととおりどのお店にもルートはあります。実はアルテスの本を一番たくさん売ってくれているのは、アマゾンなんです。次がジュンク堂で、3番目がたぶん紀伊國屋書店。アマゾンは返品がないのは大きいです。
島田 僕のところはほとんどbk1です。あとは直接やりとりするか、JRCルートです。

――ここで、休憩をはさんで第2部へ。西荻ブックマークでは、事前に出演者へのアンケートを取っていました。そのアンケートを3人が読みながら答えます。
【出版業としてどう成り立っているのか?という質問に対して】
島田 まだ、3冊目が決まってないのです。書店営業にいける部数を考えています。
 僕は在日コリアンです。在日のことをテーマにした出版をしたいという思いがありましたし、今でもあります。そのテーマで何冊か刊行したんですが、私の営業努力はひとまず省きますが、あまり売れ行きは芳しくない。このままテーマにこだわりすぎると先細りになっていくような気がしました。一人出版社の袋小路といってもいいかもしれません。自分一人の考えには限度があるから、企画やアイデア面で他人の力を借りてみようと思ったんですね。その時に佐藤泰志という作家とあらためて出会ったんです。
鈴木 それはよくわかります。アルテスは、自分たちが出したい本を出すだけじゃなくて、“器”として書き手や編集者にもっと利用してもらいたいんです。そういう風に使ってもらうためにはどうしたらいいかな、と考えてます。編集者にもいろんなタイプがあると思うんですけど、ぼくは「人」ありきなんです。思い入れがありすぎると案外空回りしたりするんですよね。
島田 僕はもともと小説家志望だったので、全く逆ですね。
【健康保険料は?】
島田 僕は額面で給料が10万円位です。そこから健康保険とかの費用を払ってます。
【実際の生活状態を維持できるか?】
鈴木 そろそろ丸4年になりますが、今のところお金は回ってます。去年はアカデミックな色の濃いものや現代音楽の本が多かったので、今年はもっと読者のたくさんいるものも出したいな、と。
 3人で前打ち合わせをした時に思ったことは、今回の話を聞いて、出版社を立ち上げたいと思ってくれたら……ということなんです。
……会場から質問はないですか?
【と、文さんから呼びかけが。
すると、オンライン書店での販売ルートについて、また他の人からは書店というインフラを小出版社はどう考えるのか? 小さな書店を小出版社が育ててはいけないのか?という質問が出ました。
後者の質問に対しての3人の答えは】
 これ(朝日新聞の記事)にも出てましたが、京都の善行堂の例がありますね。ネット書店も含めて横のつながりを作って、自分達の作った本をきっちり置いてもらい、販路として積極的に出来たらと思う。
島田 僕にとってはドンピシャです。100書店に対して売りたい。新潟の北書店や京都の善行堂やガケ書房などで売っていきたい。
鈴木 紙の本をどこでどうやって売るのかというチャンネルの問題は重要ですよね。書店も新たに立ち上げるのは大変でしょうけど、物理的なスペースを持っていることは大きな可能性ですよね。あと、ぼくらがふだんお世話になっているお店のように、書店が自分の判断で選んで仕入れる本の割合を高めていってほしいと思ってます。
【取次での扱いに慣れていたけれど、自力で本を売ろうというインフラ作りはどうなのか?】
 実際のところネット書店で『佐藤泰志作品集』をよく売りました。別のインフラとして何があるのかはまだよくわかりませんが、ネット書店の既存ルートに乗れないという小出版社の現状を何とか逆手に取りたい。
島田 僕は、書店を作りたいと思ってしまう。
 古書と新刊を扱う小さい書店の数は広がっているのだろうか?
鈴木 僕は直販でやりたいという話は断らないです。ただし、3冊以上にしてます。
島田 埼玉県の行田市に「忍(おし)書房」という書店があって、店主は平日に普段の仕事をして、土日に店番をしているんです。町の普通の書店で、場所もそんなには良くないんですが、うちの本をたくさん売ってくれる。そこに未来を感じます。
【ナショナルチェーンを上手に使っている例があって、仙台の「荒蝦夷(あらえみし)」という出版社なんですが、ジュンク堂、紀伊國屋などの各店の店長、担当者とがっちり組んでやっているんです。直販でそういったことは?】
鈴木 全国で売りたいとなると、ナショナル・チェーンは取次や卸し経由になりますね。直もちょっとだけやっていますが、ぼくらの規模だと負担が大きいんですよ。
どうしても、送品や請求書の面でのコストがかかります。
【再び朝日新聞の記事に戻って】
鈴木 同じ再販商品のCDと比べてみると、音楽の世界でも一人レーベルは多いんですが、「小」レーベルという言い方じゃなくて“インディーズ”と言いますよね。ぼくらはレーベルのような気持ちで立ち上げたので、どうして出版社だとことさら「小」を付けるのか不思議で(笑)
 一人だと好きなことができて精神的には楽ですね。
【音楽書で利益が出るのか?】
鈴木 初版が7割売れてとんとんというあたりで定価は設定してますが、音楽書だけで利益が出てるかどうかは自信ないです^^; 
学術書だと助成金がついてる本や著者が一部費用を負担することもあります。
――終了時間が近づいてきたところで、最後に一人出版社を目指す人へのエールを3人から頂きました。
島田 志を持った書店に置いてもらえる可能性があるので、絶対にやった方がいいと思う。
鈴木 それで食べていこうと思ったら、かんたんじゃないかもけど、でも作る・売るということについてはハードルが低くなってるし、書き手にもアプローチしやすくなってますから、どんどん始めてほしい。それに紙オンリーじゃなくてもいいと思うし。発信することに関しては良い時代になっている。
 とどまっているより、心配は一旦脇に置いてやってほしいと思う。やらなかった後悔は耐えられないけれど、やった後悔は耐えられると言うじゃないですか。

(記録:スタッフ加藤)


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