第四十七回の出演者は、七〇年代屈指の劇画誌としてマンガ史に残る「増刊ヤングコミック」の元編集者・橋本一郎さんと戸田利吉郎さんのおふたり。そして、「QJマンガ選書」シリーズなどマンガ関連書籍を数多く手掛けてこられた編集者・赤田祐一さんです。
会場には、編集者、マンガ家、マンガ研究者などを中心に、熱心な劇画ファンのお客様が集まってくださいました。
プロジェクターから「増刊ヤンコミ」の表紙や誌面が映しだされるなか、まずは橋本・戸田両氏の紹介からスタート。
橋本さんは、朝日ソノラマ社員として、「オバケのQ太郎」ソノシートや新書マンガ・シリーズ「サンコミックス」創刊編集長をつとめた後、少年画報社に入社。少年誌の編集部を経て、「増刊ヤンコミ」へ。退社後の現在は、文筆家として活躍されています。
一方の戸田さんは、大学卒業後、少年画報社に入社。「少年キング」で望月三起也などを担当された後、橋本さんが立ち上げた「増刊ヤンコミ」編集部へ異動。雑誌休刊後は「ヤングキング」編集部などを経て、一昨年、少年画報社社長に就任されました。
戸田さんは少年時代に読んだ平田弘史の作品に衝撃を受け、マンガ家をめざした経歴を持ちます。学生時代には貸本マンガ誌に作品を発表したこともあったとか。そんな戸田さんが、「鋭角的」で熱気ある劇画誌を作るべく試行錯誤していた橋本さんと出会い、両者がタッグを組むことで生まれたのが「増刊ヤンコミ」でした。
七〇年代は「ヤンコミ」をはじめ、「漫画アクション」「ビッグコミック」などの青年誌が台頭した時期であり、同時にいわゆる「三流劇画」、エロ劇画全盛の時代でもありました。劇画黄金期と言ってもいい当時を彷彿させる、作家や編集者のエピソードが、おふたりから次々と語られていきます。
原稿執筆中、登場人物になりきっていた平田弘史の迫力。とにかく遅筆で、原稿が真っ黒になるまで下書きしていた山上たつひこの粘り。原稿の遅さに手塚治虫を殴ってしまった他誌の編集者の顛末(橋本さん曰く「手塚さんは暴力に弱かった」!)。そして、鬼才・石井隆の発見と、ポップな老大家・杉浦茂や気鋭の若手・大友克洋が編集部に原稿を持ち込んできた経緯……。
おふたりの軽妙な語り口に、客席からはときおり笑い声も起こります。
さらに、合間に語られた当時の雑誌の制作事情(通常は原稿を写真製版してフキダシ部分に穴をあけ、セリフを活字で組み校正刷を出していたが、原稿が遅い作家に限っては写真植字を使っていたこと)、性表現の問題をめぐる鉄道弘済会や警視庁との軋轢等も、当事者ならではのリアリティに満ちた貴重な証言でした。
「増刊ヤンコミ」には、平田弘史や山上たつひこをはじめ宮谷一彦や松森正など原稿の遅い作家が揃っていました。なぜそんな書き手ばかりが集まったのでしょうか?
「マンガって、その作品にかけた熱量が怖いくらいモロに読者に伝わるんです」と橋本さん。だからこそ「原稿の早い遅いではなく、作品の熱量の高さだけが基準だった」。他誌の編集者が「大人の対応」で遅筆の作家を遠ざけていくなか、逆にそうした作家たちと徹底的に付き合うことで、他にはないパワフルな作品を生み出そうとしたのが「増刊ヤンコミ」だったのです。
「宮谷さんや平田さんといった原稿の遅い、ある意味やっかいと思われていた作家を一手に引き受けたことが、この雑誌を面白くしたポイント」と赤田さんはまとめます。それゆえ、読者のみならず作家の側からも熱心な支持者を多数生みだしたのだ、と。
戸田さんは作家に仕事を依頼する際、必ず腹案を持って臨んだそうです。どんなベテランや人気作家にも「何でもいいから描いてください」とは決して言わなかった。常に編集者として、自分のアイデアと熱意を作家にぶつけていた。つまり、一回ごとの作家との出会いに自分を「賭け」ていた。
それを受けて、「自分の感覚を信じて、非妥協的に相手に向かっていくこと」が何より大事、と橋本さんが応えます。橋本さんもまた、〆切ギリギリになっても、代原(間に合わなかった場合、代わりに使うための原稿)は持たず、「気迫で押して」作家から原稿を取ったそうです。
こんな息の合ったやりとりからも、おふたりが同じ思いで雑誌作りに臨んでいたことがわかります。こうした姿勢があってこそ、今見ても強烈な迫力に満ちた「増刊ヤンコミ」の誌面が生まれたのに違いありません。
休憩を挟むことなく繰り広げられた、約二時間の濃密な劇画談義。最後は戸田さんのご好意で、ご自身で作られた非売品の冊子を希望者にプレゼントするなごやかな雰囲気のなか、閉幕となりました。
何はともあれ、七〇年代から現在まで、マンガへの変わらぬ情熱を持ち続けているおふたりの持続力に驚かされた二時間でした。どんな時代になろうとも、結局本作りで重要なのは作り手の志だけではないか――と、そんなメッセージを受け取った気がします。三十年以上前の雑誌をめぐる内容でしたが、今のマンガにはない劇画の熱気と面白さはしっかり伝わったのではないでしょうか。
なお橋本さんは、現在手塚治虫についての著書を準備中とのこと。これまでとは一味違う手塚論、マンガ論の誕生が期待できそうです。完成を楽しみに待ちましょう!
スタッフ:宮里