5月17日、日曜日。絵に描いたような五月晴れの青天のもと、第52回西荻ブックマーク「きのこと文学、詩、短歌とその周辺」が開催されました。
出演は『きのこ文学大全』(平凡社新書)の著者、飯沢耕太郎さん、きのこ偏愛歌人、石川美南さん、きのこ小説の作者、高原英理さんの3名です(出演者アイウエオ順)。
まさに、当代のきのこ文学界を代表する3名が一同に会した、きのこ文学にとって記念すべき一大イベントのはじまりでした。
飯沢耕太郎さんはきのこ柄の開襟シャツといういでたち。気合いのほどがうかがえます。
前半の第一部は高原さんの進行によるトークショー。出演者のみなさんの紹介からはじまります。
つづいて、飯沢耕太郎さんが「文學界」に全15回で連載されていた「きのこ文学の方へ」と最近刊行された『きのこ文学名作選』(港の人)および『きのこ文学大全』についての話。
「きのこ文学の方へ」連載中に、同じ「文學界」に掲載された高原英理さんの小説「日々のきのこ」の話。この作品が構想されたきっかけが過去をさかのぼって紹介されました。続編の構想もありえる、といった興味深いひとこともうかがえました。
そのあとは、石川美南さんがきのこにめざめられたきっかけや、きのこ短歌について、「ムックきのこ」連載時のきのこ特派員時代の思い出話など。
石川さん手描きのきのこスケッチも披露されました。
きのこ短歌として、「てのひら怪談」でもおなじみの我妻俊樹さんの歌も紹介されていました。
「きのこ」という、変わっていて親しみの持ちやすい外見、それでいて猛毒をもつ種もあるという、存在そのものが、ただならない不思議な菌類をめぐる話だけに、トークショーは、文学のみならず、映画や漫画の話題など、ほどよい脱線を繰りかえしながらも、話題も尽きずに心地よいひとときが過ぎていきました。
きのこ映画の最高傑作「マタンゴ」については、飯沢さんのすすめで、高原さんによる「マタンゴ」とはなにかという詳細な解説からはじまりました。
飯沢さんの注釈で、マタンゴの原作や、造形のモデルとなったものの話にも触れられます。
きのこマンガとして、白川まり奈「侵略円盤キノコンガ」が取りあげられます。この作品は、アンチユートピアな世界が描かれるのですが、キノコだらけになってしまうこの世界に飯沢さんは、一種のあこがれをおぼえるとのこと。
前半の最後はイラストレーター岩里藁人さんによるきのこ妖怪画の鑑賞会。
高原さんのPC操作のもと、スクリーンにきのこ妖怪画が次次と映しだされます。
全22枚の画像を鑑賞しつつ、出演者の3名が感想を述べていかれます。
やはり、きのこ好きの岩里さんならではの、切り口や細部の遊びが見え隠れする楽しい妖怪画。そのひとつひとつに、きのこに詳しい出演者ならではの的確なコメントが寄せられていきます。
ことに石川さんの当意即妙なる受け答えぶりは、耳にしていて心地よいくらいで、この妖怪は実在するこのきのこのパロディで、この画にナメクジが描かれているのは、きっと絵師のかたのこうした遊び心からで、背景に雷が描かれていますが、きのこにも雷に強い種と苦手とする種があって、などと快刀乱麻を断つがごとくに解説してくださいました。
他にも、「クマグス(南方熊楠)って、(存在そのものが)きのこだよねえ」というしみじみとした飯沢さんのコメントと熊楠ときのこにまつわるエピソードの紹介が印象深かったです。
イベント会場では、岩里藁人さんの絵巻や豆本、ポストカードセットなどのきのこグッズ販売も行われていました。
写真中央は、石川美南さん企画の歌集「夢、十夜」です。
15分の休憩をはさんで後半へ。
第2部は、出演者の朗読から。
飯沢耕太郎さんの詩「茸日記」。
石川美南さんの「今日のきのこ占い」。きのこ短歌とその周辺。
高原英理さんによる小説「日々のきのこ」の抜粋朗読。
「朗読は普段あまりしない」とおっしゃられつつも、飯沢さんの詩は歳月を経たものならではの風格が感じられました。
「茸日記」が書かれた時分には、まだいまほど、きのこに開眼はされていなかったそうですが、あたかも現代を予言しているかのような内容になっている、というエピソードも紹介されました。
石川さんの包みこむような優美な朗読に、会場は静まりかえりました。
高原さんの描かれた奇妙な世界が現出するかのような、おなじく奇妙トーンの語り口。かと思うと時折り鬼気迫る声音の変化に尋常ならない世界が現出します。
いずれも、忘れられない余韻を残す朗読でした。
朗読のあとは、まとめのトークショーへ。
高原さんがカラー写真つきで配布された資料、きのこ怪獣のチブル星人の紹介もされます。ウルトラセブンに登場するそうです。アミガサタケに似ているこの怪獣とブライアン・W・オールディス「地球の長い午後」との関連性についても語られます。
ちなみにチブルとは沖縄弁で「頭」の意味とのこと。脚本の金城哲夫氏が沖縄の出身からではないかという解説。
きのこで埋めつくされたトークショーをしめくくるにあたって、飯沢さんから、今後の抱負やきのこ文学に寄せる熱い思いが語られます。
これからのわたしたちにとっては、きのこのような生活を送ることがだいじなのではないかという、きのこ生活のすすめも示唆されます。
飯沢さんならではの軽妙でありつつも、きのこの楽しさと奥行きの深さをしめしてくださる総まとめにふさわしいひとことでした。
会場のみなさんも、あたかも、きのこ狩りに出かけて、籠いっぱい山盛り大収穫を得たような、みのりある充実のイベントだったのではないでしょうか。
心地よい涼風もほどよく吹く、きのこで盛りだくさんの菌類づくしの快い午後のひとときでした。
※記事作成にあたって、岩里藁人氏による、画像提供、および多大な協力をいただきました。
(スタッフ:添田)