ご来場ありがとうございました!(第40回西荻ブックマーク「英国で本と暮らす」)

漱石の渡英後110周年となる今年。第40回の出演者は、渡英後30周年を迎えた恒松郁生さん。ロンドン漱石記念館館長、大学教授、執筆家、翻訳家として国内外で広く深く活躍されています。

土曜マチネーの今回は、初夏を先取りしたような陽気を強風が吹き抜ける一日でしたが、開場時間前に早くもお客様の姿が。恒松さんのトークがやっと東京で聞ける、その期待の高さは、開場後ほどなくして満員になった様子からも伝わってきました。

15時開演、年齢層はやや高め、西荻ブックマークらしからぬ(?)雰囲気の中、恒松さん登場。パソコンの画像をプロジェクターで映しながら説明する形で、前半は漱石関連をトピックに幕が開きました。

専門的になりがちなテーマにあって、随所にちりばめられたユニークなトリビアは、良いアクセントでした。漱石とステッキの奇妙な関係、「漱石全集」内のとんでもない誤表記、宮崎駿氏の残念なサイン色紙、「英国での楽な職業ランキング」などの話に、思わず吹き出す方も。とりわけ、『吾輩は猫である』のモデルとなった猫の絵と英国人画家、『草枕』を”The Three-Conered World(三角形の世界)”と訳したアラン・ターニーなどなど……なじみの薄い人物が出た際は、余談でも好奇心をそそる材料となり、時には満場の笑いを誘うスイッチにもなりました。

膨大な資料収集は、恒松さんの独力によるという事実には驚くばかり。研究は「徹底的にやる」の言葉通り、研究対象と関連する人物については生涯を調べ、お墓を確認したところでリサーチは終わるのだそうです。かつての英国社会保障制度のスローガン「揺りかごから墓場まで(”from the cradle to the grave”)」を字義通り実践し成果をおさめるバイタリティに、あきらめに近いうらやましさを覚える前半でした。

休憩時間も、お客様の質問に応じていた恒松さん。そのまま後半へ。テーマこそ英国古書店事情でしたが、サマセット・モームの著作「人間の絆(”Of Human Bondage”)」がサブタイトルとしてぴったりな内容でした。恒松流の古書購入方法をトピックに再開。

どうしても必要な本がある。古書店やネットでは見つからない。クリスティーズやサザビーズでも出品されない。ではどうするか? 「呼ばれたお茶は絶対に断るな」の精神で、稀覯本があるとされる地域へ行き、人と会い、お茶の席にお邪魔する。つまりは草の根活動。誰にでもできそうなこの方法も、実は多岐に渡る情報の取捨選択に基づいているのです。曰く、「一つのものばかり見ていては駄目」。日本人の緻密さ、イギリス経験論者のような思慮深さ、そしてアメリカ人並みのプラグマティックな行動力でもって北へ南へ。

結果、人は人を呼ぶ。ホテルでひっそり開催されるブックフェアの常連古書店主、オックスブリッジの教授以上の知識を持つ「古書ディーラー」、全国を奔走するバイヤー(”runner”)――ここから枝分かれ式に拡がるのは言わずもがなのことです。売値のラテン語暗号表記の秘密や古書を安く買うコツを明かして下さってから、最後はやはり人とのつながりを描いた、あの作品の話題。

古書店主と一人の客との交流を描き、映画化もされた『チャリング・クロス街84番地』。その続編とも言える”The Duchess of Bloomsbury Street(ブルームズ・ベリー街の貴婦人)”の翻訳に際して行った、リサーチの顛末にも触れてくれました(もちろん著者ヘレン・ハンフのお墓も)。翻訳は順調に進んでいるとのこと。その本を通してどんなつながりが芽生えるのか、今から楽しみでなりません。

盛りだくさんな内容とメリハリの利いたトークに時間を忘れた頃、拍手とともに幕となりました。展示品の一冊”The Philobiblon of Richard de Bury ”にも劣らぬ本への愛情を感じ取ることができた上に、「墓マイラー」としての意外な一面も発見できた第40回でした。

年内に新刊書が出る予定です。恒松さんの「本と暮らす」活動内容にブックマークを。

スタッフ:丹野


1件のレスポンス “ご来場ありがとうございました!(第40回西荻ブックマーク「英国で本と暮らす」)”へ

  1. [...] This post was mentioned on Twitter by 北尾トロ, 西荻ブックマーク. 西荻ブックマーク said: 【nbmサイト更新】【第40回nbm】「英国で本と暮らす」 恒松郁生さん(ロンドン漱石記念館館長)を迎え [...]

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